基本情報

香港特別行政区

ビクトリア湾を行き交うスターフェリー

中華人民共和国香港特別行政区
総面積:1104 平方キロメートル、気候:亜熱帯
人口:約700 万人(95%は中華系)、公用語:中国語(広東語)/ 英語
政治体制:一国二制度(返還から50 年は不変とされている)
行政長官:梁振英・行政長官
2012年7月1日に新政権が発足し、梁氏が就任。前行政長官は曽蔭権(ドナルド・ツァン)氏
※香港パスポートは中国とは区別され、香港人は香港特区パスポートを使う。隣接
する中国の広東省深圳(シンセン)市との間には通関があり、出入境審査がある。
法律:香港基本法(ミニ憲法/ 中国全人代の解釈を仰ぐ)

英国統治と中国返還
香港は第一次アヘン戦争で割譲された香港島、第二次アヘン戦争で割譲された九龍(カオルーン)と、99年の期限で中国から租借した新界(ニューテリトリー)に大別される。もとは広東省の一農・漁村。アヘン戦争による英国軍の侵攻と南京条約の締結により1841 年に英国植民地となり、第二次世界大戦中の1941~1945年には3年8カ月にわたり日本が統治。大戦終結後、再び英国の植民地となった。英国投資に加え、1949年の中華人民共和国建国で豊かな上海人たちが香港に逃れて事業を起こし、中国内の混乱のたびに流入して来る難民を安価な労働力として吸収。中国の改革開放政策も大きな弾みとなり、「アジアの真珠」と呼ばれるまでに発展した。
英国は本来、経済価値の高い香港を返還する気はなかったといわれるが、中国側は一貫して「香港島と九龍は略奪された中国領土」と主張。英国にしてみれば戦後の国際情勢下では、不平等条約によって統治した香港島と九龍のみならず、租借地の新界まで返さないという主張は通らない。しかも、香港は飲料水を広東省に依存しており、この水を止められるとひとたまりもない。結局、英国は新界なしでは植民地を維持できないとして、1982年から両国は話し合いを重ね、1997年7月1日、香港は中国に返還された。

アイデンティティー
香港人はもとは中国からの移民であり、移住者が急増した大戦以後はラジオやテレビは北京語放送が多かった。後に広東省からの移民が増加するにつれ、広東語が主流となった。香港人は独特のアイデンティティーを持ち、「中国人」と呼ばれることに抵抗がある。
また、現在の香港人はほぼすべての世代にわたって日本のテレビドラマや歌謡曲に触れて育っており、かつてのヤオハンに代表されように日系スーパーやデパートの進出も早く、日本のサブカルチャーと日本製品、日本食に囲まれた生活をしている。日本へのあこがれが強く日本好き。ただし、尖閣諸島や教科書問題は敏感な話題であり、中国で反日デモが起きたときは香港でもデモが行われた。

貧富の差
世界で最も貧富の差が激しい地域の一つ。アジア一の富豪、長江実業の李嘉誠氏の資産総額は260億米ドルで世界11位。ほかに香港人富豪2人が30位以内に入っているが、日本人はゼロ(2011年米経済誌『フォーブス』調べ)。香港は「レッセフェール(自由放任主義)」であり、不動産や株投資の利益は課税されない。固定資産税もなく、投資が活発に行われる。近年は欧米や中国からのホットマネーの流入で不動産価格が高騰。インフレも激しく、1997年の返還バブルを超える資産バブルの様相を呈している。ただ、欧州問題などで今後はリセッション(景気後退)に入る可能性がある。
人口密度が高く、住宅事情は悪い。庶民は300~400スクエアフィートのアパートに4~5人がひしめくように暮らし、日本円にして1カ月5~6万円ほどの収入で暮らす貧困家庭も多い。

移民問題
近年の中国からの移住者は「新移民」と呼ばれ、低所得層が多く差別の対象となっている。その一方、特区政府の優秀人材計画により中国本土からスペシャリストや不動産投資を行う高所得層の移民も増加している。
香港人女性の出生率は1:0.7 と極めて低いが、ここ数年は中国人妊婦が香港で出産するケースが急増。香港人妊婦が産婦人科の出産予約を取れないといった現象が起きている。2010 年の香港の新生児は8 万8000 人、うち約4万人は中国人妊婦の子供。香港生まれの子供は香港パスポートを取得できるため中国のニューリッチに人気が高く、専門のあっせん業者もある。
また2011年9月、フィリピン人家政婦が永住権取得を求めて特区政府を相手に起こした裁判で家政婦側に有利な判決が下った。香港には大量のフィリピン人女性が家政婦として出稼ぎに来ており、今後の動向如何では約10万人のフィリピン人家政婦とその家族が大挙して香港ID を取得するのではという懸念が生じている。

中国との結びつき
2003 年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行により大打撃を受けた香港経済を救ったのは中国政府だった。この年に締結されたCEPA(中国本土・香港経済連携緊密化取決め/ 両地域のFTA)により、中国人観光客の香港への自由旅行が段階的に解禁。観光業が支柱の一つだった香港経済は大量の中国人観光客の旺盛な消費によって息を吹き替えした。CEPA は観光業にとどまらず、さまざまな分野での開放を促し、その項目は年々増加している。香港―中国の投資、人的移動もさらに活発化した。香港は返還から50 年を待たずに事実上中国に吸収され、強い人民元の下、いずれ香港ドルはなくなるのではないかとみる専門家もいる。


スポンサーリンク